「私」は、ただ「反応」しているだけ。

アラフォー独身女子(彼女はいます)。「人生これでいいのか?」と思いながらも、「毎日楽しく暮らす」のが1番の望み。

気持ちは取っておけない。

 

 

「幸運の女神には前髪しかない」という有名な言葉があるけれど、私の人生においては、あまりピンとこない言葉だ。


そんなにアグレッシブな生き方はしていない。


もう少し穏やかな表現の方が、私には合っている。

 

 


幸福というものは見つけたときに取らねばならぬということ―その場所に印をつけておいて、もっとつごうのよいときに取りにもどってもむだだ、そのときにはもうないのだから

 

 『赤毛のアン』より引用

 

 

大学生の頃に出会ってノートに書きとめておいた言葉。

 

『赤毛のアン』全10巻中2巻くらいが短編集で、そのうちの1話だっと記憶しているけれど、タイトルも話も何もかも忘れてしまった(汗)

 


余談だけれど、『赤毛のアン』が10巻もあると知ったのは、高校入試の面接がきっかけだった。

 

「好きな本はなんですか?」という質問に、「赤毛のアンです」と答えたら、「何冊読みましたか?」と聞かれ、1冊しかないと思っていた私は動揺し、「2冊です」と答えた。上下巻だったし・・・。

 

その後、高校生のときには読まずに、大学生になってからいっきに10巻読んだ。

 

 

 

閑話休題。


赤毛のアンの中のこの言葉には、人生の岐路的な重大感はあまりなくて、日常レベルで実感できる身近な教訓という雰囲気がある。

 


ショッピングのときなどによく思い出したりする。

今度買おうと思っていたものが売り切れていたときとか。
今のうちに多めに買っておこうとか。

 


今の彼女と知り合って、アプローチをしようと思えたのも、この言葉の影響が大きかった。

 

当時、恋愛は全く求めていなくて、女性が独身で生きていくことについて語り合える友達の方を物凄く求めていたけれど、せっかく惹かれる人に出会えたのだから、気持ちを伝えるだけ伝えてみようと思えた。

 

そして私は今より5キロくらい太っていてそれを気にしていたのだけど(身長が低いので5キロはなかなかに大きな違い)、痩せてから告白しようという選択肢はすぐに除外した。


恋愛欲求がなかったので、「チャンス到来!」と思うことはできなかったし、「幸運の女神には前髪しかない」なんてテンションではなかった。

今となっては、大事なチャンスだったと思うけれど、その時にはそうは感じられなかった。

 

チャンスだと気づくこと自体が難しいこともあることを考えると、穏やかで日常的な表現の方が役立ちやすい気がする。

 

 


えっと。
やっと本題に入るのですが(!)


取っておけないものとして、チャンスは意識されやすいけれど、ここ1年くらい私が絶賛注目中なのは、「好きな気持ち」、「興味・関心」、「やる気」などといったポジティブな気持ちも取っておけないということ。


後のお楽しみなんて思っていると、肝心の気持ちが萎んでしまっているということがよくある。


読みたくて買ったはずなのに、なぜかずっと読まない本がたくさんあったり、
録画がどんどん溜まっていってどうにもならなくなったり。


※本については、雨宮まみが詳しく書いています。
DRESS『雨宮まみさんが選ぶ、私を変えた5冊の本』https://p-dress.jp/articles/1408

 


やりたいと思ったときにやれる瞬発力を鍛えたい。

そして付け加えるなら、やりたくないことをやらない決断力も。
(これは昔からけっこう出来てしまう方なので、逆に断りすぎないように調整したりもしています。)

 


結局何が言いたいかというと、このブログのとりとめのなさは仕方のないことなのだということです・・・(!)


自分でも、なぜ突然『部屋とYシャツと私』のことを書く必要があるのだろうかと思います・・・。

 


ブログをはじめてまだ2週間、当初書きたいと思っていたことがどんどん後回しになり、その間に書きたいと思ったこともタイミングが合わなかったりして。


ブログだけじゃなくて、『BADDY』と『カンパニー』ばっかり観てるので、他のドラマなんかが溜まって溜まって大変で。


さらに宝塚専用チャンネルに入る予定なので、どうするんだ!と思うけれど、今は、宝塚を観たいだけ観るのがベストだと覚悟を決めている(くだらない覚悟この上なし)

 

 

『BADDY』を生み出した神、ウエクミ先生も、

 


私自身は伝統的なタカラヅカが匂い立つ、遠くから美しい世界をのぞいているような幻想的なショーが好きなのです。でも、いざ自分が創作するとなると、そういうものが自分の中からは自然に湧いてこず…。私の場合は、好きなものと自分が創れるものとは違うようです。芝居もそうですが、自分の中から湧きあがってくるもので創らないと、エネルギーを失ったものになってしまうと思っています。   

 

「演出家 上田久美子が語る『BADDY(バッディ)-悪党(ヤツ)は月からやって来る-』の見どころ<前編>」より引用https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2018/company/special_003.html

 


と仰られている。

 

ウエクミ先生のように傑作を生み出すことはできなくても、「自分の中から湧き上がってくるもの」を大切に生きることができたら、それだけでとても幸せだと思う。


これからこのブログで一体どんなことを書いていくのかわからないけれど、心から書きたいと思うことを積み重ねていけたらと思っています。