「私」は、ただ「反応」しているだけ。

アラフォー独身女子(彼女はいます)。「人生これでいいのか?」と思いながらも、「毎日楽しく暮らす」のが1番の望み。

2019年の目標 は、「活性化!活性化!」と「自己肯定」




2019年の目標は何にしようかと考えていてハッとした。

なぜなら、私が2018年の目標だと思っていたのは、2017年を迎えるにあたって考えた目標だったことに気づいたから。

あれから2年経っている。こわい。

なぜそんなことになってしまったのかというと、2017年末は、2018年を迎えることをただただ恐れていたせいだと思う。

仕事を減らすこと、母の癌治療がはじまること、この先どうなっていくのだろうと不安だった。

 

けれど、春には自分が救急車で運ばれて手術したりなどという事態になってしまい、もうどこも痛くなければそれでよしという心境になれた。


それが良かったのか悪かったのかはわからないけれど、診察台で苦しみながらも感じたあの吹っ切れ感は忘れられない。

 
人生には、「上り坂」・「下り坂」・「まさか」があると言われるけれど、「まさか」は、「上り坂」か平和なときに訪れると勝手に思っていた。
「下り坂」のときにも「まさか」は訪れる。
そうかそうか、そういうこともあるよね・・・と1つ学んだ。

 

今はすっかりケロっと過ごしているし、母の治療もひと段落ついている。

 



そんなこんなでの2年越しの目標は、「血となり肉となるまで」だった。

何事も繰り返すことなしには、自分のものにならない。
たった1回の経験でも、繰り返し思い返す、それでもかまわない。

量より質。多くを求めて結局は何も残らないよりも、1つでも自分の身になるように心がけたいと思っていた。

繰り返しに耐えうるものに出会いたいという希望もあった。


そんな思いがあるなか出会った『BADDY』。

繰り返し観たり聴いたりしていることの幸せを噛みしめている。

(それにしても、このブログの『BADDY』登場率の高さよ・・・)

 

 
それを受けての(?)2019年の目標は、

「活性化!活性化!」


世の中には、無理をしないように気をつけなければならない多忙な人が大勢いるけれど、どうしてものんびりしてしまう私にはぴったり。

思いついてからすぐに気に入って、年末からすでに「活性化!活性化!」と唱えている。

すると力が湧いてくる。

 



さて。
「活性化!活性化!」と威勢の良い私とは対照的に、弟は何やらモヤモヤしている様子。


弟は、私が中学2年生のときに生まれた。
私はそれまで一人っ子としてたっぷり愛情を受けていたけれど、それまでの恩は何処へやら中学生になり反抗期に入っていた(そしてその後なんと、母親の育て方に不満ありとして、反抗期(?)は10年以上続いてしまったりなどして・・・)。
なので嫉妬などは全くなく、むしろ私と母親との間を取り持ってくれたのが弟で、
両親だけでなく、私にも可愛がりに可愛がられて弟は育った。

弟は県外で就職してしまい、帰省するのはゴールデンウィークとお盆と年末年始だけ。これだけ帰ってきてもらえれば文句はないのだけれど、家族みんな弟が大好きなので、少なく感じてしまう。

元日は、夕食時に実家へ行き、家族みんなで『芸能人格付けチェック!』を観て、引き続き『ドリーム東西ネタ合戦』を観るのが恒例になっている。

面倒な親戚づきあいもないし、初詣にも行かない(行きたい人は個人で)。

うちの家族は、日ごろはものすごく緩くて、門限もないし、食事のタイミングが合わなくても何も言われなかった。それどころか、基本的な挨拶もあまりちゃんとしないし、喧嘩してもわざわざ謝らないし、みんな気分で態度が変わるし、全くまとまりのない家族。

だからこそ、みんなで同じ番組を観てあーだこーだ言う、年に1回の団欒がなんだか輝いている。
いつまで4人一緒で過ごせるのかわからないのでよけいに。

(とはいえ、年に1度くらいじゃないとキツい・・・。)

 

 

毎年恒例のTV鑑賞を楽しんでいると、弟が何かと番組出演者を指しては、この人はこれだけのことを成し遂げていて凄いという発言をした。


どうやら弟は、26歳の自分が今現在大したことをできていない、今後も何事も成し遂げることなく生きていくのかという思いに駆られているようだった。

今年40歳になる私からしたら、26歳なんて若い!としか言いようのない年齢なのだけれど、弟としてはもう30が目前という気持ちらしい。

私にしたら30歳だって十分若いと思うのだけれど、弟の気持ちはよくわかる。


私もなぜか、小学生の頃からもう遅いという意識が常にあった。だからといって投げやりになるとかそういうことではないいのだけど、自分より昔から努力を積み重ねている人の存在などを意識してしまうということはずっとあった。

 

 

自由とは他の誰かになりたいと思わないこと

 

田中美津

 

 

他人と比べても良いことはないというのは百も承知。
そんなことはみんな知っていることだ。

 

でも、それが難しい。
人と比べるという煩悩は、数多ある煩悩の中でも最もなくし難いものらしい。

 

人はなぜ自分と他人を比べてしまうのか?


私が弟に何か特効薬を授けることはできない。

けれど、解決法はわからなくても、幸せになる方法ならわかる気がする。

 

 

成功は幸福の1つの要素でしかないので、成功を得るために他の要素がすべて犠牲にされたとすれば、あまりにも高い代価を支払ったことになる。

 

ラッセル

 

 

平民も奴隷も征服者も 
本音を吐かせりゃ、昔も今も
人と生まれて最大の幸福は
人柄に帰すると言っているゲーテ

『西東詩集』より

 

 

 成功と幸せはイコールではない。


万人に評価されなくても、たった1人でも自分を好きになってくれる人、認めてくれる人がいたら、もしくはそういう経験を忘れないでいられたら、自分をまんざらでもないと思って生きていけると思う。


だから私にできるのは、弟に私にとってあなたは大切な存在だと感じてもらうことだけ。


弟が生まれると知ったとき、可愛いと思えるか心配した。


小学生の頃こそきょうだいがいなくて寂しいと思ったこともあったけれど、中学生になる頃にはしみじみと一人っ子で良かったと思っていた。

私はちゃんと笑いかけてあげられるのかと心配して、笑顔の練習をしてみたり、赤ちゃんが登場している漫画(『赤ちゃんと僕』)を引っ張り出して読み返したりしていた。

そして、生まれるのなら妹がいいと思っていた。


生まれてみればそんな心配は杞憂で、病院で弟を見た瞬間に、めちゃくちゃ可愛い!と思えた。

 

反抗期まっただ中だったので、表面的には全くリアクションはしなかったけれど、可愛い気持ちが抑えきれなくて、帰宅後父と近所のコンビニへ行く途中、「可愛かったね・・・」とボソッと言ったら、父が「うん」だったか「ああ」だったかそれだけ答えて、また黙々と歩いた。

私としてはとても良いエピソードだと思っていて、後に大きくなった弟に伝えたら、「なにそれ!?、ショックや。もっとお祝いムードの中生まれてきたと思っとったわ」と悲しまれてしまったけれど、私は弟はちゃんとたっぷりの愛情を感じて育ったのだなと嬉しかった。

 

私が、「私なんてもう40歳になるけど、前向きに生きていこうとしてるよ!」と言ったら、「お前はもう死に向かってるから(笑)」と笑わせてくる弟。

 

私が弟に女性と付き合っていることをカミングアウトしようとして、「私の秘密知りたい?」とメールしたときには、「お前とは秘密を共有したくない」と返信がきて笑わせてくれたこともある。
(「お父さんとお母さんは知ってて、あんただけ知らなくてもいいの?」と気を引いてなんとかカミングアウトにこぎつけた。)

 

そんな関係だから、あらたまって愛情表現はしないけれど、私が弟を大好きなことは駄々洩れだと思う。

そして、弟の努力や能力も自然によく褒めている。



人は自分の力だけで自信を持つことはできない。
誰かに愛情を注がれ、褒められるからこそ自信を持つことができる。

それが万人からである必要はなく、たった1人でも大丈夫。
それがあれば生きられる。
自分は価値のある存在なのだと思える。

そして、1度でもそんな経験ができれば、ずっと誰かに評価してもらいつづけなくても、自分で自分を肯定することができるようになる。

もちろん常にではないかもしれないけれど、必ず拠り所になる。

 


自分が大切だと思う人、良いところがあると思う人には、積極的にそれを伝えることを意識したいと思った。

また、自分自身に対しても、今年は仕事面で頑張り時なので、「自己肯定」を意識してみたらいいかもしれないとも思った。

 

というわけで、今年は去年の分も合わせて目標が2つあってもいいかもしれないと思い、今年の目標は、「活性化!活性化!」と「自己肯定」となりました。