「私」は、ただ「反応」しているだけ。

アラフォー独身女子(彼女はいます)。「人生これでいいのか?」と思いながらも、「毎日楽しく暮らす」のが1番の望み。

インテリア選びに苦しむ。

 

 

春に向けて、仕事場を改装しようとしている。

 

今の部屋より3倍くらいの広さの部屋へと移り、そこをリフォームする。

今の部屋は作りつけの書棚があったり、カウンター(?)があったりして狭くても使い勝手よくなんとかやれていたのだけど、新しい部屋は収納がいっさいなくて、テレビ台や本棚を買わなければならない。

決めること、選ぶことがたくさんありすぎて、連日、50分の1の図面に家具の大きさを合わせて切った紙をあちらへこちらへと置いてイメージしてみたり、ネットで良い商品がないか検索しまくったり、インテリア本を読んだり、ひたすら頭の中でイメージしたりして。
疲労困憊している。

 


私はイメージする力が乏しい。
空間認知能力も低い。


余談だけど、小さい頃に、ねだったわけではないのに『はてしない物語』を買ってもらって、その豪華な装丁(物語の中で登場する本と同じ装丁になっている)に途中でやめるわけにはいかないと、なんとか読みきったけれど、私は頭の中で描写されていることをちゃんとイメージしなかったので、全くおもしろさを感じることができなかった。
完全に私に非がある。
主人公が別世界に行っているページは赤く、現実の屋根裏部屋だったかに戻ってきているページは緑で印刷されていて、私はわずかしかない緑のページがくるのを待ち遠しく思いながら読んでいた。おなかが空いて軽食なんかを食べたりしているシーンは、すごくワクワクして好きだった。

 

頭の中でイメージするのが苦手なのだと思う。本は好きなのだけど、壮大なイメージというものがあまりできないのかもしれない。


そんなわけで(?)、たいがいのものは実際に見みるまで、気に入るのか気に入らないのか判断がつかない。

そして厄介なことに、実際に見てみると好き嫌いははっきりしている方だし、しっくりくる置き場所みたいなことにもうるさい方だと思う。

 


なけなしの能力をありったけ使ってイメージするけれど、空間全体のバランスを考えて、1点1点物を選んでいくなんて難しすぎる。

だからこそ、インテリアコーディネーターという職業があるんだろうけど。


そういえば、今使っている部屋は3万円くらいで依頼したんだった。
母親の知り合いの人で、お互いに付き合いでという感じだったのだろう。

狭い部屋だし、選ぶものも限られていたし、出来上がりは可もなく不可もなく。
その後、別件で2回ほどお世話になったけれど、趣味の相性が微妙にズレることと、人としての相性があまり合わないことがよくわかったので、今回はもう依頼しようとは思わなかった。

 


頼れる人がいないし、予算も限られているし、センスもないし、アイディアもないという、ないない尽くし。

選ばなければならないものは、
床、壁紙(2種類)、引き戸、ロールスクリーン、バルーンシェード、ハトメカーテン、照明(3種類)テレビ台、本棚(2種類)。


インテリアのイメージは、
クラシック、アンティーク、ブラウン、緑、真鍮、みたいな感じ。


突飛なところは何もない、こうやって書いていると簡単な気さえしてくるけれど、やっぱり予算の問題なのでしょうかね・・・。
お金さえあれば、気に入るものにも出会いやすいのだろうけど如何せん・・・。


材質と価格はだいたい比例する。

コンソールが欲しかったけれど、それなりの値段がするし、祖母の足踏み式ミシン台で代用することにした。
それはそれで逆に良かったと思ってはいるけど。

昔の物って、合板などない時代でどうしたってちゃんと作るしかないから、一般庶民が使うものでもちゃんとした木で作られていて、古いものこそ捨てたら駄目だなと実感している。

 

ミシンは母方の祖母の物なのだけど、母親の時代になって買ったそれこそ嫁入り道具(ミシンもあった)なんかは、たいした価値がない。
母は、あのとき洋風の箪笥なんか買ってもらわずに、桐箪笥を買ってもらえば良かったとたまに言う。

 

父方の祖母は、せっかく昔の家具があったのに、嫁が来るからと買い替えてしまったので、良いものが残っていないけれど、昔のお茶箱は今実家で使っている。

母の両親が亡くなったあと、母の実家から家に入りきらないほどの家具や食器が送られてきて、そのときは処分してしまってもよかったのにと思ったけれど、とんでもない。 

一枚板で作られた食器棚なんて、もうわざわざ高いお金を払ってまで買うことはないだろう。

奥行きの浅い、たぶん釘を使わずに作られた本棚かコレクション棚みたいなのもあって、それもちゃっかり新しい部屋で使わせてもらう予定だったりする。

 


トータルバランスなんて考える力はとてもないけれど、数々の買い物や整理整頓をしてきた経験から、インテリアだけでなく、ファッションなどにおいても、1つ1つに力や魅力がないと駄目なんだということはわかっている。

けっこう何でもそうだと思う。仕事なんかも。

 

物同士の相性はもちろんあって、引き立て合うとか、これと一緒に置くと栄えるとかあるけれど、単体での魅力がないものには、やはり限界があるのは確か。

 

 

でも、予算やなんやと制約がかかると、それを忘れそうになってしまう。

だから、あーーーーーどうしたらいいのーーーーーーーーー、と今なっているわけだけれど・・・。

 

 

 

人は知らないものを望むことはできない

 


誰の言葉だったかは忘れてしまった。
上野千鶴子か小倉千加子ではないかと思うのだけど。

 

インテリアなんていう些末なことではなくて、社会運動的なことで心にとめておいた言葉だったのに。

 


今、ふわふわとしか思い描くことのできない理想の部屋のあれこれを考えるときに、この言葉が思い出されてならない・・・。